奇跡(1)

「どうやって、タバコやめられたんですか?」

宴会の最中に、
若い女の子にいきなりそう聞かれて、
僕は、一瞬、言葉につまってしまった。

それを説明するのは、
そう容易ではない。

いろいろな要素が複雑に絡まっているようで、
にわかにわかりやすく説明する自信がなかった。

僕が何をどう考えたことが、
禁煙することにつながったのだろう。

そうなのです。

正直言って、
僕がなぜ、すんなりとタバコがやめられたのかは「謎」なのです。

禁煙を促す「タールの害」や、
タバコのリスクに関する知識は確かにあった。

でも、
何年も前から知っていたそうした知識におびえた結果で、
僕が禁煙する気になったわけではなかった。

これだけははっきり言える。

僕は「おびえて」タバコをやめたわけではなかった。

すると、
理性的に、冷静に「不必要」と考えてやめたのだろうか。

いや、僕はそんなに理知的でも、
冷静な考えに基づいて行動するような人間でもない。

それじゃあ、
タバコの害におびえてやめたのでもなく、
理路整然とした理性の判断としてやめたのでもないとすれば、

いったいなぜ、僕はタバコをやめる気になり、
すんなりとやめることができたのだろう。

毎日何度も咳き込み、
毎朝、薄茶色の痰を吐いてはいたけれど、

真剣に「怖い」と思ったことなど一度もなかった。

毎年、
成人病検診でレントゲンを撮ると、
ヤニでどんどん肺が白く映るようになっていったけど、

それを怖いと感じたことはなかった。

そんなレントゲン写真を前にして、
担当の内科の先生はあまりのタバコの本数を心配して、

「時間があるなら、肺がん患者の居る病室を見せてあげるよ。」とまで言ってくれた。

「肺がんにかかって苦しんでいる様子を見たら、
 少しは反省する気になるかもしれないよ。」というその先生の優しさだった。

でも僕は、
実際の患者を見るという怖さに尻込みするとともに、
そんな不幸のどん底にいる人達の姿を盗み見て、

自分の健康に生かそうとするなどという、
自分勝手で失礼なことはする気には到底なれなかったので、
丁寧にお礼を言って辞退した。

そう考えると、
確かにどうして僕がタバコをやめる気になったのか。

そして、その結果、
すんなりとやめられたのかは「謎」なのだ。

それが単なる「奇跡」であるのなら、
単なる自慢話で終わる話である。

しかし、
僕にはどうしても「奇跡」だとは思えないのだ。

それほど根性があるわけでもなく、
それほどタバコの害におびえていたわけでもない僕が、

確か数か月から半年だったと思う。

完全に止めることができたんだ。

だから、
その方法を本(※200万円かけて、自費出版にも挑戦したんだ)にも書いたし、
こんなブログも始めることにしたんだ。

そんな経験が少しはあなたの役に立つかもしれないから、
その時の様子をちょっと詳しく思い出してみます。




最初のきっかけは、
確か漠然とした不安だったように思う。

ほとんど毎朝、僕はうす茶色の痰を吐いていた。

白い陶器の洗面台を流れていくその痰を、
毎朝まじまじと眺めていた。

そうやって毎朝眺めているうちに、
少しずつ考えるようになったんだと思う。

「この痰は、どうして毎日出てくるのだろう?」って。

「きっと肺がひどくよごれているんだろうなぁ。」

「そうだよ、毎日50本も吸ってるんだもの。」

「これはきっと、体の防衛本能なんだろうなぁ。」なんて考えてた。

そんな思いが、ベースにあったんだと思う。



運転中に何度もズボンを焼いた。

タバコの火先が取れて落ち、
運転中だからろくに拾えずにいる間にズボンに穴が開いた。

車のシートにも焦げ跡がついた。

それでずいぶんと悔しい思いをした。

その度に、
タバコの必要性に疑問を持ったんだろう。

「こんなにまでして、どうして吸ってんだろ。」って。

「ほんと、嫌になっちゃうなぁ。」って。

「やめられたらいいのに。」って。

そんな思いも、ずうっと引きずっていたのかもしれない。



そして、
「どうしてやめられないんだろう?」

「何がやめられない本当の原因なんだろう?」

「やめることって、本当に無理なんだろうか?」

少しずつ、少しずつ、
タバコってものに疑問を持ち始めていったんだと思う。

それで、
「どうして吸ってしまうのか考えてみようかな。」っていう、
最初はそんな思いから始まったような気がする。

吸いたくなった瞬間に、
自分が今、何を感じているのかを分析してみたんだ。

「分析」っていうと大げさだけど、
単に「なんで吸いたいんだろ?」っていう疑問を持つようになったんだ。

吸う度に、
自分に向かって「なんで?」って。

そう何度も問いかけるようになった。

「吸いたいっていうこの感覚は、いったい何なんだろう?」って。

そうしているうちに、
吸いたくなる「きっかけ」がだんだん見えてきたし、

吸いたい「欲求の正体」がはっきりとしてきたんだ。




まず、
毎日、決まった時間になったら、
僕は何も考えずにタバコに手を伸ばしてた。

つまり、
単なる「生活上の習慣」だ。

それには、ほとんど意味がない。

単なる習慣で、
体が必要としてる訳でもなかったし、
生活上、絶対不可欠でもなかった。

ただいつもの時間に、
いつものタイミングで、
何も考えずに手を伸ばしてた。

仕事の切れ目に。

コーヒーと一緒に。

酒を飲んだ途端に。

朝起きた拍子に。

食事が終わったら。

休憩時間になったら、、、、。

それはぜんぜん中身の無い、
形だけの「習慣行動」にすぎなかったんだ。

※それで、一つ気付いたんだ。

人は、ただの習慣で吸っている本数が日に何本かある。






そして、
吸った瞬間にどんなメリットがあるかも次第に考えるようになった。

吸った瞬間の感覚を、
少しずつ落ち着いて客観的に味わうようになった。

すると、
喉にずっしりと響くインパクトが心地良いことに気付いた。

何かドスンと喉や肺に当たってくる衝撃が心地よかったんだ。

それで「これはなんだろう?」って思った。

つまり、
喉の粘膜や肺の酸素を求める機能(粘膜、肺胞、細かい動脈)に対して、
本来ぶつけるものじゃない煙(タール)をあびせて乾燥させるからじゃないかって思った。

そして、
気体(酸素)の交換作用にタールで栓をするからではないのか。

生体の機能に、
タールと熱気で損傷を与える衝撃ではないのか、って思ったんだ。

体を痛めつける行為は、
ある意味、快感で癖になることがある。

疲れ切った時に飲む酒やコーヒー。

ストレスで弱った胃に悪いとわかっているけど、
普段より妙に体にしみわたる感覚が味わえるものだ。

ランナーズ・ハイなんかも似ている気がする。

体を痛めつける健康に悪いことが、
妙に快感になってきて癖にもなりうるんだ。

だから、
僕はニコチンやタールの衝撃も同じようなもんだって思った。

「身体に良いからではなく、
 身体をより痛めつける快感なんだろう。」って。

※そこで一つ気付いた。

人は、健康に悪い、体を痛めつけることも、心地よい快感に感じてしまうことがある。

快感なのだから、
繰り返したくなるのはある意味、当然のことだったんだ。




ずい分長くなってしまいましたね。

今回は、ここまでにして、
この続きは次回にまわします。

あなたも自分がなんで吸ってるのか、
客観的に考えてみるといいかもしれません。

では、
長い記事を最後まで読んでいただいて、
本当にありがとうございました。


では、次回もよろしくお願いいたします。
※左上の menu.1.2.3 に、くわしく禁煙のやり方(=3ポイント禁煙法)を
記してありますので、 どうか合わせてご覧ください。

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 長年吸ってきたタバコをやめるのに「根性」だけで乗り切ろうとしても大変な努力が必要です。でも、禁断症状のモヤモヤにも、タバコが吸いたくなる口ざみしさにも、ちゃんと解決策があります。
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